一昔前にはパワーハラスメント(以下、パ
ワハラ)などという用語はなかったのです
が、このご時世では誰もが知るコトバと
なっていますね。
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場
で働く者に対して、職務上の地位や人間関
係など職場内での優位性を背景に、業務の
適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛
を与え、または、職場環境を悪化させる行
為をいいます。
これが厚生労働省による説明です。
これによると、「精神的・身体的苦痛を与
えこと」あるいは「職場環境を悪化させる
行為」という実害の発生が、パワハラ成立
の条件のようにも見えます。
当然、企業としてはパワハラを未然に防止
したいところです。
ですから、就業規則にパワハラの定義を定
めるときは、
「精神的・身体的苦痛を与えうる言動」
「職場環境を悪化させうる言動」
という表現が良いでしょう。
●パワハラと労働基準法
労働問題の相談窓口といえば、最初に労働
基準監督署を思い出すかもしれません。
しかし、労働基準法にはパワハラについて
の規定が無く、監督署が企業を指導するこ
とはできないのです。
ですから、被害者が監督署を頼ることはで
きません。
なぜなら労働基準法は、労働者を守るため
の基準を設定し、違反する使用者への罰則
を定める法律です。
そして、労働者に対しては何かを禁止した
り罰則を適用するということがありませ
ん。
ところが、パワハラを行うのは労働者であ
ることが多く、労基法はこれを規制できな
いのです。
冒頭の「パワハラ被害 労働基準法違反で
訴えてやる」といったことはできない、の
です。
●パワハラと刑事責任
では、警察に相談したらどうでしょうか。
パワハラが犯罪行為であれば、刑罰の対象
となります。
殴れば暴行罪ですし、ケガをさせれば傷害
罪です。
たとえ言葉の暴力でも、名誉棄損罪や侮辱
罪あるいは脅迫罪にあたることがありま
す。
また、義務の無いことを強制すれば強要罪
です。
これらは、パワハラかどうかとは関係なく、
犯罪に該当するかどうかという基準から、
刑法が適用されるのです。
警察は、犯罪に該当する可能性があれば動
いてくれます。
●パワハラと民事責任
このように犯罪とされた場合でも、そうで
はなくても、被害者はパワハラの加害者側
に対して民事上の責任を追及することがで
きます。
具体的には損害賠償の請求です。
ここでの損害には、治療費や欠勤による収
入の減少など財産上の損害だけではなく、
精神的な損害も含まれます。
つまり、慰謝料の請求ができるわけです。
●加害者への損害賠償請求
民法709条が「故意又は過失によって他人
の権利又は法律上保護される利益を侵害し
た者は、これによって生じた損害を賠償す
る責任を負う」と規定しています。
一般的な不法行為の規定です。
故意ではなくても、過失によってうっかり
損害を加えた場合にも、加害者は損害賠償
責任を負うのです。
●会社への損害賠償請求
民法715条1項本文が「ある事業のために
他人を使用する者は、被用者がその事業の
執行について第三者に加えた損害を賠償す
る責任を負う」と規定しています。
使用者責任の規定です。
ここで、「他人を使用する者」は会社です。
「被用者」とはパワハラの加害者であり、
「第三者」とは被害者です。
被害者は、加害者に対しても、会社に対し
ても損害賠償を請求できます。
●役員への損害賠償請求
会社法429条1項は「役員等がその職務を
行うについて悪意又は重大な過失があった
ときは、当該役員等は、これによって第三
者に生じた損害を賠償する責任を負う」と
規定しています。
社内でパワハラが発生しても、これに対し
て有効な対策を行わなかった職務怠慢につ
いて、被害者から役員に責任を追及できる
ということです。
たとえ社長や取締役が直接パワハラに加担
していなくても、被害防止に努めないこと
が職務怠慢とされ、損害賠償の請求対象と
なりうるのです。
●最近の傾向
パワハラによる被害が大きい場合、直接の
加害者個人が賠償し切れないということが
あります。
こうしたときには、個人よりも資力のある
会社に対して損害賠償の請求が行われま
す。
今や、個人と会社の両方に、同時に損害賠
償の請求をすることが当たり前になってい
ます。
そして、会社が多額の賠償請求に耐えられ
ない場合には、被害者が社長その他の取締
役の責任を追及するということが増えてき
ました。
もはや、社長その他の取締役も個人として
の責任を免れないということですので、パ
ワハラに限らず○○ハラスメントと呼ばれ
るものが身近で発生しているなら、放置し
ておくことは非常に危険だとご理解いただ
けると思います。