
はじめに|是正を求められる窓口は「労基署」だけではない
「是正勧告」と聞くと、多くの経営者が労働基準監督署による調査を思い浮かべます。しかし派遣業を営む会社にとっては、もうひとつの重要な行政窓口を見落とすことができません。それが都道府県労働局の需給調整事業部です。
労働基準監督署は労働基準法・労働安全衛生法などの違反全般を監督するのに対し、需給調整事業部は労働者派遣法の遵守状況を監督する専門部署です。派遣元企業に対しては3〜5年に一度の定期指導が実施されており、調査の結果として是正を求める指示が出ることがあります。近年は同一労働同一賃金(2020年改正派遣法)への対応強化を背景に、この定期指導の件数は増加傾向にあります。
どちらの窓口から是正を求められた場合でも、初動対応の遅れや誠意のない対応は深刻なリスクを招きます。本記事では、2つの窓口それぞれの性格と、経営者として受け取った直後に何をすべきかを体系的に解説します。
2つの是正はここが違う|労基署と需給調整事業部の比較
まず、両者の違いを正確に把握しておくことが、適切な初動対応の前提となります。
労働基準監督署による是正勧告は、残業代の未払い・36協定違反・就業規則の未整備・労働時間の不適切管理といった、労働基準法違反が発見された場合に交付されます。交付される書面は「是正勧告書」(明らかな法令違反)または「指導票」(改善が望ましい事項)で、定められた期日までに「是正報告書」を提出する義務があります。
労働局需給調整事業部による是正(是正指示)は、労働者派遣法に基づいて実施される定期指導や申告指導の中で、不適切な点が発見された場合に文書で改善を求めるものです。主な調査項目は、派遣元管理台帳・就業条件明示書・労働条件通知書などの法定帳票の整備状況、同一労働同一賃金のための労使協定の内容と運用実態、抵触日管理・雇用安定措置の実施状況、キャリアアップ教育訓練の取り組みなどです。指示を受けた場合は、指定期日までに改善内容を書面で報告する必要があります。
どちらも「行政指導」という性格は共通しています。しかし対応を怠ったり繰り返し違反を放置した場合、労基署側では書類送検・刑事処分に発展し、需給調整側では行政処分(事業停止命令・許可取消)という、派遣業の根幹を揺るがす処分に至る可能性があります。

放置・対応遅延が招く3つの深刻なリスク
是正を求められた内容に対して誠実に動かない場合、段階的に以下のリスクが高まります。
第一のリスクは刑事処分と企業名の公表です。労基署の是正勧告を無視すれば、監督官から検察庁への書類送検が行われる可能性があります。送検されれば罰金・懲役刑が科され、経営者個人が起訴対象となるケースもあります。また重大・悪質な違反では企業名と違反内容が公表されることがあり、一度公表されれば採用・取引・融資すべてに影響が及びます。
第二のリスクは派遣事業の停止・許可取消です。需給調整事業部の是正指示に繰り返し応じなかった場合、行政処分として事業停止命令が下されることがあります。停止期間中は派遣業務を継続できず、事業全体が止まります。さらに悪質と判断されれば許可取消処分に至ることもあり、その後の再取得も困難になります。
第三のリスクは再監督・全件調査への発展です。是正報告書を提出しない、または内容が不十分と判断された場合、再度の立ち入り調査(再監督・全件調査)が実施されます。これにより新たな違反が発覚すれば、当初の指摘よりもはるかに重い対応を求められることになります。
いずれも「初動で誠実に動いていれば避けられた」結果です。是正を受け取った瞬間から、経営者は時間との勝負であることを強く認識する必要があります。
社内整理の進め方|受け取った直後にやるべき4つのステップ
ステップ1 書面の内容と是正期日を正確に把握する
是正勧告書・指示書に記載された違反事項・根拠条文・期日を隅々まで読み込むことが出発点です。特に期日の確認は最優先です。万が一期日内での対応が難しい場合は、無断延長せず、必ず事前に担当窓口へ連絡して延長の相談をしてください。無断での遅延は、監督官・指導官の心証を著しく悪化させ、その後の対応を困難にします。また、是正勧告書なのか指導票・是正指示書なのかによって対応の重み・手順も変わるため、書面の種別を最初に確認することが重要です。
ステップ2 社内全体の違反状況を横断的に確認する
書面に記載された指摘はあくまで調査時に発見された事項です。同じ問題が他部署・他の派遣スタッフ・別の取引先との契約にも及んでいるケースは非常に多くあります。指摘箇所だけを直して報告しても、再監督で別の違反が発覚すれば「悪質」と判断されるリスクがあります。労基署案件であれば残業管理・賃金計算・就業規則の全体を、需給調整案件であれば法定帳票・労使協定・抵触日管理・教育訓練の実施記録を、社内全体で棚卸しする必要があります。
ステップ3 対応責任者を決め、必要に応じて専門家を入れる
是正対応を「担当者に任せる」状態のまま放置すると、期日までに必要な書類が揃わないまま時間が過ぎます。経営者自身または特定の責任者に対応を一本化し、毎日進捗を確認できる体制を早期に整えてください。特に需給調整事業部の是正は、労使協定の内容・賃金水準の計算根拠・同一労働同一賃金の適用方法など、労働者派遣法の専門知識がなければ適切な是正報告ができない場合があります。派遣業に精通した社会保険労務士を早期に関与させることが、対応精度と速度の両面で有効です。
ステップ4 是正報告書を「具体的な内容と証拠書類つき」で提出する
是正報告書には、何をいつ実施したかを明確に記述することが求められます。「改善しました」という抽象的な表現では不十分であり、「○年○月○日に労使協定を改訂・周知した」「未払い残業代○○円を○月○日付で支払い、振込明細を添付する」など、日付・金額・具体的な措置の内容がわかる形で記載する必要があります。証明できる資料(改正後の就業規則、協定書の写し、教育訓練の実施記録など)を添付することも必須です。是正報告書を提出して終わりではなく、その後も再発防止の仕組みを制度として整備していくことが、長期的なリスク管理につながります。

是正対応は「ピンチをチャンスに変える」機会でもある
是正勧告や需給調整の是正指示を受けたことは、現在の労務管理に構造的な問題があったことを意味します。一方で、これを機に就業規則・労使協定・法定帳票・賃金制度を一から見直すことで、コンプライアンスの強化と従業員の信頼向上につなげることができます。
特に派遣業においては、需給調整事業部の調査への対応力そのものが、取引先からの信頼や許可更新の安定性に直結します。是正報告書を提出して終わりにするのではなく、日常的な法定帳票の整備・労使協定の定期見直し・教育訓練記録の管理を仕組みとして組み込んでいくことが、再び指摘を受けないための根本的な対策です。
カン労務士事務所では、労基署案件・需給調整案件のいずれにも対応した是正サポートを行っています。「書面を受け取ったが何から手をつければいいかわからない」という段階からご相談いただけますので、お気軽にお問い合わせください。
まとめ|初動の速さと誠実さが、その後のリスクを大きく左右する
是正を受け取った直後の対応フローを整理すると、次の流れになります。
- 書面の種別・違反内容・是正期日を正確に把握する
- 指摘箇所だけでなく、社内全体を横断的に点検する
- 対応責任者を決め、必要に応じて専門家(社労士)を関与させる
- 是正報告書を具体的な内容・証拠書類つきで期日内に提出する
- 再発防止の仕組みを制度として整備し、継続的なコンプライアンス体制を構築する
労基署からの是正勧告も、需給調整事業部からの是正指示も、放置は厳禁です。派遣業を営む会社であれば、2つの窓口からそれぞれ異なる観点で監督される可能性があることを常に意識し、日常的な管理体制を整えておくことが最大の予防策になります。

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