制度改革の背景と現状
厚生労働省が設置した「労働基準関係法制研究会」では、現代の多様化する働き方に対応するため、労働基準法の改正に向けた検討が進められています。特に注目されているのは、副業や兼業が一般的になる中での労働時間管理と割増賃金の取り扱いです。
現行制度においては、本業と副業の労働時間を通算し、法定労働時間を超えた場合には割増賃金の支払いが必要となります。しかし、この仕組みでは異なる雇用主の下で働く労働者に対して、どの事業者が割増賃金を負担すべきかが明確でなく、実務上の運用が極めて困難であるという課題が浮き彫りになっています。
この問題に対処するため、研究会では労働者の健康管理の観点から労働時間の通算制度は維持しつつも、割増賃金の計算については雇用主ごとに個別に行う新制度の導入が検討されています。このような見直しは、現行制度の実効性の低さを改善し、より現実的な運用を目指すものです。
国際比較からみる日本の特殊性
国際的な視点から見ると、日本の現行制度はかなり特殊な位置にあります。EU諸国をはじめとする多くの国々では、異なる雇用主のもとでの労働時間は通算されないケースが一般的です。仮に通算する場合でも、それは労働者の健康管理を主な目的としており、日本のように割増賃金の支払いまで通算する制度を採用している国はほとんど見られません。
このような国際的な動向を踏まえると、日本の制度も国際標準に近づける形で見直しを行い、より実態に即した制度設計を行うことが重要であると考えられます。副業・兼業が増加する中で、制度の実効性を高めるためには、国際的な基準も参考にしながら改革を進める必要があるでしょう。
新制度の具体的内容と期待される効果
報告書のたたき台では、割増賃金の通算を不要とする新たな制度が提案されています。この制度変更により、企業は副業・兼業を行う従業員に対して、自社での労働時間のみを基準に割増賃金を計算することが可能になります。これにより、企業側の負担が軽減され、労働者にとってもより柔軟な働き方が実現できることが期待されています。
具体的には、以下のような効果が見込まれます。
- 企業にとっては、他社での労働時間を把握する必要がなくなり、割増賃金の計算が簡素化されます
- 労働者にとっては、複数の職場で働くことに対する雇用主側の抵抗感が減少し、副業・兼業の機会が広がります
- 全体として、より多様な働き方を支援する環境が整備されることになります
労働者の健康確保に向けた対策強化
一方で、割増賃金の通算を廃止する場合には、労働者の健康確保のための対策が一層重要になります。企業には、以下のような健康管理体制の強化が求められるでしょう。
- 労働時間の正確な把握と管理
- 過重労働の防止に向けた取り組み
- 定期的な健康診断の実施と結果に基づく適切な対応
- 副業・兼業に関する情報共有の仕組み構築
- 労働者の自己申告を促進するための環境整備
また、新制度の導入により、企業が意図的に関連会社や別の事業所に労働者を配置して割増賃金の支払いを回避するようなケースも想定されます。このような抜け道を防ぐために、同一の使用者の指揮命令下で働く場合には、適切な規制を設ける必要があります。
労使のバランスと制度設計の課題
新制度を設計する上では、労働者の権利保護と企業の実務負担のバランスをいかに取るかが重要な課題となります。労働者の長時間労働を防止し健康を守るための仕組みを確保しつつ、企業が柔軟に人材を活用できる環境を整える必要があります。
特に注意すべき点として、以下のような課題があります。
- 労働時間の自己申告制度の信頼性確保
- 複数の雇用主間での情報共有の方法と範囲
- 過重労働が発生した場合の責任の所在
- 労働者の健康状態のモニタリング方法
- 制度の悪用を防止するための監視体制の構築
今後の展望と期待される社会的影響
今後、この制度改正が実現すれば、日本社会における働き方に大きな変革をもたらす可能性があります。副業や兼業が一般化することで、労働者のキャリア形成の選択肢が広がり、個人のスキル向上や収入増加につながることが期待されます。
また、企業側にとっても、多様な経験を持つ人材を柔軟に活用できるようになり、イノベーションの促進や労働力不足への対応といった効果が見込まれます。特に、専門性の高い分野では、複数の企業で活躍できる人材の流動性が高まることで、産業全体の競争力向上にも寄与するでしょう。
しかし、制度改正の効果を最大化するためには、単に法律を変えるだけでなく、企業文化や労働者の意識改革も必要です。副業・兼業を「例外的な働き方」ではなく「標準的な選択肢の一つ」として社会全体が受け入れていくことが、真の意味での働き方改革につながるでしょう。
課題解決に向けた取り組みの方向性
研究会の議論を踏まえた今後の展開としては、以下のような方向性が考えられます。
- モデル就業規則の整備:副業・兼業を前提とした雇用契約のひな形や就業規則のモデルを厚生労働省が提示し、企業の制度導入を支援する
- 健康管理システムの開発:複数の雇用主間で労働者の健康状態や労働時間を適切に把握・共有できるデジタルプラットフォームの構築
- 段階的な制度導入:一定規模以上の企業から順次導入するなど、移行期間を設けることで制度変更に伴う混乱を最小化する
- 監視・相談体制の強化:制度の悪用を防止するための監視体制と、労働者が相談できる窓口の設置
- 教育・啓発活動の推進:企業の人事担当者や労働者に対して、新制度の内容や健康管理の重要性についての教育機会を提供する
労働基準関係法制研究会の議論は今後も継続されますが、この制度改正が労働者の健康確保と働き方の多様化の両立を実現し、日本の労働市場に新たな活力をもたらすことを期待したいと思います。社会環境の変化に応じた柔軟な制度設計と、その適切な運用が、今後の日本の労働環境を左右する重要な鍵となるでしょう。
所感
この度の労働基準法改正に関する議論を拝見し、現代の多様化する働き方に対応するための重要な転換点であると感じます。
副業・兼業の一般化という社会変化に対して、現行制度の実効性の問題点を明確に指摘し、より実態に即した改革を目指す姿勢は評価できます。特に、労働時間の通算と割増賃金の分離という発想は、健康管理の観点を維持しつつ実務的な運用を可能にする妥協点として理にかなっていると考えます。
また、国際的な視点から日本の制度を見直す姿勢も重要です。グローバル化が進む中で、日本独自の制度がかえって労働市場の流動性や多様性を阻害している可能性も否定できません。
一方で、この改正案には懸念点もあります。割増賃金の通算が廃止されれば、労働者の長時間労働を抑制する経済的インセンティブが弱まる可能性があります。その分、健康管理体制の強化が必要不可欠となりますが、実効性のある仕組みを構築できるかが大きな課題でしょう。
特に注目すべきは、制度の悪用防止策です。同一の使用者が意図的に関連会社や別事業所に労働者を配置して割増賃金の支払いを回避するような事例が発生しないよう、明確な規制と監視体制の構築が求められます。
総じて、この改正案は労働者の健康確保と働き方の多様化という、一見相反する課題の両立を目指す試みとして意義深いものです。しかし、その実効性は運用次第であり、労使双方の理解と協力、そして行政の適切な監督が不可欠となるでしょう。
今後の議論では、特に労働者の健康管理を担保する具体的な仕組みづくりと、制度の悪用を防ぐ効果的な監視体制の構築に焦点を当てることが重要だと考えます。真に労働者と企業の双方にメリットのある制度となるよう、引き続き丁寧な議論が期待されます。
<労働基準法改正に関する議論のまとめ>
| 項目 | 現行制度 | 改正案 | 期待される効果 | 課題と対策 |
| 労働時間の通算 | 本業と副業の労働時間を通算労働時間は通算し割増賃金が発生する | 本業と副業の労働時間を通算労働時間は通算せず割増賃金は通算しない | 健康管理面での保護を維持 | 労働時間の正確な把握と情報共有方法の確立 |
| 割増賃金の扱い | 通算した時間に対して支払い義務 | 雇用主ごとに個別計算 | 企業の実務負担軽減 | 企業による制度悪用の防止策が必要 |
| 企業の責任 | 他社の労働時間を把握する必要あり | 自社の労働時間のみ管理管理 | コストの削減 | 労働者の健康管理体制の強化が必 |
| 労働者への影響 | 副業・兼業に制約 | 副業・兼業に制約 副業・兼業が容易に | キャリア形成の選択肢拡大、収入増加 | 過重労働のリスク増加 |
| 健康確保対策 | 割増賃金による長時間労働抑制 | 健康管理体制の強化が必要 | 労働者の健康と多様な働き方の両立 | 自己申告制度の信頼性確保 |
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