偽装請負に関する判例

偽装請負に関する判例

最高裁第二小法廷(平成21年12月18日)は、パナソニックプラズマディスプレイ事件について
判決を下しました。

大阪高裁判決の内容

この事件は、メーカーから業務委託を受けた請負会社からメーカーに派遣され、
違法な「偽装請負」の状態のもとで働かされていた労働者が、メーカーによる解雇や
配置転換命令は無効であると主張して、雇用契約上の権利を有することの確認、
賃金の支払、配置転換された作業に就労する義務のないことの確認、不法行為に基づく
損害賠償を請求していたものです。

この事件について、大阪高裁(平成20年4月25日)判決は、
①メーカーと請負会社との間の契約は
脱法的な労働者供給契約として職業安定法44条等に違反し、
公の秩序に反するものとして無効である

②メーカーと労働者との間には事実上の使用従属関係があり、
労働者が請負会社から給与等の名目で受領する金は、
メーカーが請負会社に業務委託料として支払った金から
請負会社の利益等を控除した額を基礎とするから、
労働者が受領する金額(賃金)を実質的に決定していたのはメーカーであった

③各契約が無効であるにもかかわらず継続したメーカーと労働者との間の実体関係を法的に根拠付け得るのは両者間の黙示の雇用契約のほかにはない

④メーカーと労働者との間の雇用契約は2か月ごとに更新されたから
メーカーが労働者との雇用契約が終了する旨通告したことは解雇の意思表示に当たるが、
この意思表示は解雇権の濫用として無効であるから
労働者はメーカーに対し雇用契約上の権利を有する地位にある

⑤配置転換された作業は
労働者が大阪労働局に偽装請負の事実を申告したことに対する報復等の不当な動機
によって命じられたものであるから、当該作業への従事を命じたことも不法行為を構成する

というものでありました。

最高裁判決の内容

最高裁判決は、大阪高裁判決のうち⑤のみを肯定し、それ以外の判断を否定したのです。
最高裁判決のうち特に注目すべき点は、大阪高裁判決のうち①を否定した点にあります。

最高裁判決の要点は以下のようになります。

最高裁判決の要点請負人による労働者に対する指揮命令がなく、
注文者が労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合において、
注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、3者間の関係は、
労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当し、労働者派遣である以上は
職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。

そもそも労働者派遣とは、労働者派遣法2条1号によると、
労働者派遣を「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、
他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、
当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない
ものとする」と定義されており、
また労働者供給とは、職業安定法4条6項によると、
「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、
労働者派遣法2条1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」と
定義している以上、最高裁の判断は、両法の適用に関して当然のことを述べたものであると
いえます。

これに対して、大阪高裁の判断は、違法な労働者派遣は労働者供給に該当するという
法の適用を齟齬したものと考えられます。

違法な労働者派遣は労働者供給に該当するとの認識があるようですが、
上記のように労働者派遣とは以下の条件を具備していれば、労働者派遣となります。

労働者派遣とは

①派遣元が派遣労働者を雇用している
②派遣先は派遣労働者を雇用していない
③派遣先が派遣労働者を指揮命令し派遣先のために労働に従事させる関係

つまり、適法な労働者派遣であるか違法な労働者派遣であるかを問わず労働者派遣に該当し、職業安定法は労働者派遣に該当する以上労働者供給には該当しないということから、最高裁の判断が適切であると考えられます。

最高裁判決はこの点について適切な判断をしたものですが、労働者派遣と労働者供給との関係
についての誤解を回避できるようになるという意味で、今後の判決において一線を画する
ものになると思われます。

最高裁の考える請負とは

では、最高裁はどのような形式のものを請負と考えているのでしょうか。

最高裁が考える請負

請負契約においては、請負人は発注者に対して仕事完成義務を負うが、
請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人に
委ねられている。
よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、発注者がその屋内において
労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、
たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、
これを請負契約と評価することはできない。

これは、労働者派遣事業と請負で行われる事業との区分に関する基準を定めた
告示第37号などを意識したものと推察されますが、本来請負契約は、
民法第632条において「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、
相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、
その効力を生ずる」と規定されているに過ぎないのです。

このため、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うことは間違いないでしょうが、
そのことから、ただちに「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、
発注者が労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、
これを請負契約と評価することはできない」と言い切れるのかには疑義があります。

特に「発注者が労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合」に
ついて、民法632条にいう「請負契約と評価することはできない」と言い切れるのだろうか。

請負人がある仕事を完成することを約束し、注文者がその仕事の結果に対してその報酬を
支払うことを約束する以上、それは民法第632条にいう請負契約ではないのだろうか。

つまり、労働者派遣と労働者供給との関係については労働者派遣であって、
かつ労働者供給であることはないことは法律上明確でありますが、
労働者派遣契約と請負契約との関係については労働者派遣契約であって、
かつ請負契約である場合はあり得るのではないだろうか。

特に、商法502条5号には「作業又は労務の請負」があることからすれば、
そのように解さざるを得ないと考えられます。

黙示の労働契約とは

では、最高裁はどのようなものを黙示の労働契約と考えているのでしょうか。

最高裁が考える黙示の労働契約

使用者と労働者の間に労働契約が存在するためには両者の意思の合致が必要であるが、
労働契約の本質は使用者が労働者を指揮命令し監督することにあるので、
明示された契約の形式だけではなく、労務供給の具体的な実態により、
両者間に事実上の使用従属関係があるかどうかを判断し、使用従属関係があり、
かつ、両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致がある場合には、
黙示の労働契約の成立が認められる。
(安田病院事件 最高裁第3小法廷 平成10年9月8日)

請負や労働者派遣により労働者が他の企業に派遣されて就労している場合に、
派遣先を使用者とする黙示の労働契約が成立しているか否かが問題となります。
このような場合に黙示の労働契約が成立しているのは、派遣先が派遣された
労働者の業務遂行について指揮命令や出退勤管理を行っているだけではなく、
賃金額を決定して支払い、かつ採用を決定しているなど、
使用者としての基本的要素を備えている場合であるとするのが
判例の一般的な姿勢です。

黙示の労働契約が成立する要件

労働者と派遣先会社との間に「黙示の労働契約」(労働契約法6条)が成立するためには、
以下の要件が必要と判断されています。

黙示の労働契約の成立要件

① 採用時の状況
② 指揮命令及び労務提供の態様
③ 人事労務管理の態様
④ 対価としての賃金支払及び労務提供の態様等に照らして、両者間に
労働契約関係と評価するに足りる実質的な関係が存在し、
その実質的関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思表示の合致が
あることを必要とすると解するのが相当

労働者派遣においては、労働者に対する労務の具体的指揮命令は、
派遣先会社が行うことが予定されているので、黙示の労働契約が認められるためには、
派遣元会社が名目的存在にすぎず、労働者の労務提供の態様や人事労務管理の態様、
賃金額の決定等が派遣先会社によって事実上支配されているような特段の事情が必要と
されるところから、派遣労働者と派遣先会社との間で黙示の労働契約が認定されることは
ほとんどありません。

 

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